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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)134号 判決 1985年7月04日

アメリカ合衆国ニユーヨーク 一〇〇三八 ニユーョークブロードウエー 二二二

原告

ウエスターンエレクトリツク カンパニー インコーポレーテツド

右代表者

エー イー ハーシユジユニヤ

右訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 志賀学

右指定代理人通商産業技官

加藤貴士

佐藤峰一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和五四年審判第四四四八号事件について昭和五五年一二月二三日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四六年六月二二日に、一九七〇年(昭和四五年)六月二二日のアメリカ合衆国における特許出願に基づく優先権を主張し、名称を「スクランプラ回路装置」(後に「ディジタル伝送方式」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和四六年特許願第四五一四〇号)をしたが、昭和五三年一二月一三日拒絶査定があつたので、昭和五四年五月一日審判を請求し、昭和五四年審判第四四四八号事件として審理された結果、昭和五五年一二月二三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和五六年一月二一日原告に送達された。なお、原告のため出訴期間として三か月が附加された。

2  本願発明の要旨

アナログ信号源と;前記アナログ信号源に接続され、前記信号源からのアナログ信号を所定のデイジタルビツトパルス流に変換するディジタル符号化手段と;入力ディジタルビツトパルス流を伝送前にディジタル信号に変換する変換手段と;前記ディジタル符号化手段と前記変換手段との間に配置されたスクランブラ手段とを含むディジタル伝送方式において、前記スクランブラ手段は一セルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含むことを特徴とするディジタル伝送方式。(別紙図面(一)参照)

3  審決の理由の要点

(一)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(二)  ところで、本願発明の優先権主張日前国内において頒布されていたものと認められる特許出願公告昭四三-一三二四三号特許公報(以下「第一引用例」という。)に記載された「排他的論理和回路」は本願発明における「モジユロ2加算器」に相当し、また、排他的論理和回路とシフトレジスタとよりなる回路は、繰返し型あるいは連続的デイジタルデータ信号パターンをランダム化するという動作及びその構成よりみて、本願発明における「スクランブラ手段」に相当するから、第一引用例には、「二進データ源と、二進データ源と伝送路との間に配置されたスクランブラ手段とを含むディジタル伝送方式において、前記スクランプラ手段は複数のセルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含むディジタル伝送方式(別紙図面(二)参照)」が記載されているものと認められる。

また、同じく本願発明の優先権主張日前国内において頒布されていたものと認められる羽鳥光俊、瀧保夫「伝送路符号変換によるシステマチツクジツタ蓄積の軽減」電気通信学会論文誌一九六九年七月発行、vol五二-A、NO七、第二八五頁ないし第二九二頁(以下「第二引用例」という。)には、「一セルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含む符号変換器(別紙図面(三)参照、以下、第二引用例については、本願発明における「伝送前にディジタル信号に変換する変換手段」と区別して、「符号変換器」という語を用いる。)が記載されているものと認められる。

なお、請求人(原告)は、第二引用例について、別紙図面(三)図6、図7に示す回路は常に多段構成で用いられるものであつて一セルフイードバツクシフトレジスタの使用は開示されていないと主張している。しかし、第二引用例の別紙図面(三)図3、図4はr次の一般型を示すものであり、図6、図7のものは一次の回路すなわち一般型のうち特にr=1の場合の回路であつて図3、図4のものの部分を構成するものではない。また、請求人(原告)が指摘する第二九一頁の文は、複数の符号変換器を直列に設けた場合は同数の逆変換器が必要である旨を述べたものであつて、各中継局にどの上うに符号変換器を配置するかの問題を検討しているものであるから、請求人(原告)の主張の根拠となるものではない。したがつて、請求人(原告)の主張は採用できない。

(三)  そこで、本願発明と第一引用例記載の発明とを対比すると、両発明は、次の三点で相違し、その他の点では一致している。

(1) 本願発明は、アナログ信号源と、前記アナログ信号源に接続され、前記信号源からのアナログ信号を所定のディジタルビツトバルス流に変換するディジタル符号化手段を有するのに対し、第一引用例記載の発明は、二進データ源を有する点

(2) 本願発明は、入力デイジタルビツトパルス流を伝送前にディジタル信号に変換する変換手段を有し、スクランブラ手段はディジタル符号化手段と伝送前にディジタル信号に変換する変換手段との間に配置されているのに対し、第一引用例記載の発明は、伝送前にディジタル信号に変換する変換手段を欠き、スクランブラ手段は二進データ源と伝送路との間に配置されている点

(3) 本願発明のスクランブラ手段のシフトレジスタは一セルからなるのに対し、第一引用例記載の発明のそれは複数個のセルよりなる点

まず相違点(1)について検討すると、一般にアナログ信号をデイジタル符号化して二進データ源とすることは慣用技術であり、第一引用例記載の発明における二進データの型式も本願発明にいうデイジタルビツトパルス流にほかならないから、第一引用例記載の発明における二進データ源は、アナログ信号源とこれを変換するデイジタル符号化手段とよりなる二進データ源をも含んでいるものと認められるから、この点は実質的な差異ではなく単なる表現上の相違にすぎないものと認められる。

次に、相違点(2)について検討すると、一般にデイジタルビツトパルス流を伝送する場合、伝送上の必要に応じて適当な伝送符号型式に変換して伝送することは周知(猪瀬博編「PCM通信の基礎と新技術」株式会社産報一九六八年六月一〇日初版発行第七〇頁ないし第七二頁参照)であるから、第一引用例記載の発明の方式においてこのような伝送前にデイジタル信号に変換する変換手段を設けることは単なる設計上の問題にすぎない。また、このような変換は伝送の必要上なされるものであるから伝送前にデイジタル信号に変換する変換手段は、回路上伝送路に最も近い点に配置され、したがつてスクランブラ手段が符号化手段と伝送前デイジタル信号に変換する変換手段との間に配置されるようになることは、伝送前デイジタル信号に変換する変換手段を設けたことによる当然の帰結であつて、この点も単なる設計事項にすぎない。

更に、相違点(3)について検討すると、本願発明及び第一引用例記載の発明におけるスクランブラ手段とは、本願発明の明細書第一二頁第一行ないし第五行、第一三頁第三行ないし第六行等の記載から、また、第一引用例第三頁左欄第一二行ないし第一六行、第四頁左欄第一行ないし同頁右欄第七行等の記載から明らかなように、符号を他の符号に変換する符号変換器である。したがつて、第二引用例に記載された一セルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含む符号変換器を第一引用例記載の発明の符号変換器として採用し、第一引用例記載の発明の伝送方式において符号変換器であるスクランブラ手段のフイードバツクシフトレジスタを一セルの構造に変更することは、この変更により格別な効果が期待できない以上、単なる設計変更にすぎないものと認められる。

なお、請求人(原告)は、本願発明の方式は直流シフト(以下「DCシフト」という。)を除くことができるという格別な効果を有している旨主張しているか、そのような効果は第一引用例記載の発明の方式もまた有しているから格別の効果ということはできない。すなわち、DCシフトにより誤りが生ずるのは、伝送路に直流遮断特性を有するようなデイジタル伝送方式において、同種符号が連続するためであることはよく知られている(周知例として、前掲「PCM通信の基礎と新技術」第七〇頁ないし第七二頁、電気通信学会東京支部編「データ通信」社団法人電気通信学会昭和四二年二月一〇日発行第三一頁ないし第三三頁、松崎武夫、坂井隆明「データ伝送と処理」日刊工業新聞社昭和四〇年一〇月三〇日発行第一〇三頁ないし第一〇五頁参照)が、第一引用例記載の発明の方式においては伝送路上の符号はランダム化されている。

また、請求人(原告)は、本願発明は、スクランブラ手段を構成するシフトレジスタを一セルとしたことにより特に誤り個数が減少するという格別な効果がある旨主張しているが、伝送路上の符号をなるべく頻繁に変えるためにはシフトレジスタのセル数を少なくする方がよいことは、セル数と語長が比例する旨の第一引用例第三頁左欄第四〇行ないし第四二行の記載からも明らかであるから、前記請求人(原告)の主張する効果は設計に際し考慮すべき単なる利害得失であつて、格別な効果とは認められない。

(四)  以上のとおりであるから、本願発明は当技術分野において通常の知識を有する者が、第一引用例、第二引用例記載の各発明及び周知の発明に基づいて容易に発明することができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

第一引用例及び第二引用例記載の発明の構成が審決認定のとおりであること、本願発明と第一引用例記載の発明との間に審決認定のとおり相違点(1)ないし(3)が存することは認め、右相違点(1)及び(2)についての審決の判断は争わない。

しかしながら、本願発明は、デイジタル伝送方式の伝送路に生ずる符号誤りの諸種の原因を改善するため、スクランブラ手段として一セル(一段)からなるフイードバツクシフトレジスタ(以下「一セル構成のスクランブラ」という。)を採用することにより、総合的誤り特性を著しく軽減するという顕著な効果を奏するものであり、この効果は、本件特許出願について優先権を主張する原告が最初にアメリカ合衆国においでした特許出願当時(以下単に「本願発明の出願当時」という。)、当技術分野において通常の知識を有する者(いわゆる当業者)において予測することのできないものであつた。そして、スクランブラ手段として複数のセルからなるフイードバツクシフトレジスタを取り入れる構成(以下、この構成のスクランブラを「マルチセル構成のスクランブラ」という。)を採用した第一引用例記載の発明において、マルチセル構成のスクランブラを第二引用例記載の発明に示された一セル構成の回路に置換することは、本願発明の出願当時の当業者の技術常識に反することであつて、当業者が容易になしえることではなかつた。したがつて、審決が、本願発明と第一引用例記載の発明との前記相違点(3)について判断するに当たり、「第一引用例記載の発明の伝送方式において符号変換器であるスクランブラ手段のフイードバツクシフトレジスタを一セルの構造に変更することは、この変更により格別な効果が期待できない以上、単なる設計変更にすきないものと認められる。」とした判断及びこれに基づいて、「本願発明は、当技術分野において通常の知識を有する者が、第一引用例、第二引用例記載の各発明及び周知の発明に基づいて容易に発明することができたもの」とした判断はいずれも誤りであり、この点において審決は違法であるから、取消されるべきである。

(一)(1)  本願発明の主たる目的は、デイジタル伝送方式の誤り特性を改善することにある(本願発明の明細書第八頁第一九行ないし第一九頁第一行)。

本願発明は、この目的を達成するために、特許請求の範囲中の「前記スクランブラ手段は一セルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含むことを特徴とするデイジタル伝送方式」であることを必須の構成要件とするものであり、その好ましい実施例が願書添付の別紙図面(一)第5A図及び第5B図に示されている。すなわち、「第5A図のスクランブラは一つのセルから成るフイードバツク・シフト・レジスタ(51)と単一のモジユロ2加算器(52)から成る。このモジユロ2加算器(52)はシフト・レジスタのフイードバツク路に接続されている。この単純なスクランブラ装置は回路の経済性の点で明らかに有利であり、誤り特性の面でも極めて有効であることが実証されている。」(同第一六頁第一五行ないし第一七頁第三行)。

そして、右別紙図面(一)第6図には、本願発明の一セル構成のスクランブラによる誤り特性の軽減が従来技術に比して最もよい効率を与えていることが示されている。すなわち、第6図に示す「各曲線は所定の信号対雑音比に対し縦軸に誤り個数/秒、横軸にスクランブラのセル数をとつた場合である。使用した伝送方式は二〇・二Mbの速度で動作する第1図に示した伝送方式である。使用したスクランブルラのセルの数に関係なく、誤り特性の大幅な改善が得られたが、最大の改善は本発明に従う単一のセルから成るスクランブラ、デスクランブラ装置の場合に得られた。」(同第一八頁第一二行ないし第一九頁第一行)。

(2)  一般に、デイジタル伝送方式における誤り特性を決める要因は複数存在する。例えば、信号のマークとスペースの偏りによるDCシフト、信号エネルギーの集中による漏話(第一引用例第一頁左欄第三七行ないし右欄第四行)、信号の高周波成分による漏話(ベル電話研究所((庄司茂樹・甘利省吾監訳代表))「伝送システム」株式会社ラテイス昭和四六年一二月二五日発行第三一一頁ないし第三二三頁)、デスクランブラにおける誤り拡張(乗算)作用(P・ビランスキー、D・G・W・イングラム「デジタル伝送システム」一九七六年第一版発行第二一三頁、第二一四頁)等である。本願発明における一セル構成のスクランブラは、これらの誤り発生の原因の改善に対し総合的観点から有利であり、これに対し、第一引用例記載の発明及び他の周知技術も何らそのことを示唆していない。

すなわち、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、デイジタル伝送方式の誤り発生の原因としてDCシフトの他に遠端漏話があることが記載されており(第六頁第八行ないし第八頁第一行)、このうち漏話とは、電磁気的結合により一つの伝送回線上に他の伝送回線の信号が漏れて妨害を与えることであり、外的なものであり、一方、DCシフトとは、一つの伝送回線の信号中に内的に生成されるものであるが、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の目的・利点として、このDCシフトを減少させるとともに遠端漏話を減少させることが記載され(第八頁第一九行ないし第九頁第一四行)、一セル構成のスクランブラを用いると、スクランブルされた信号が長時間平均として二進の一の確率が〇・五になることにより、遠端漏話は減少されるとしている(第一九頁第二行ないし第二四頁第五行)。しかしながら、更に進んで、本願発明は―DCシフト、遠端漏話を含む前述した複数の誤り発生の原因のうち、いずれをどの程度に改善したか明らかではないが―明細書に記載された実験結果(前記第6図参照)が示すように総合的誤り特性の軽減について顕著な効果を奏するものである。そして、この一セル構成のスクランブラの格別な効果については、本願発明の明細書の発明の詳細な説明中の第一五頁第一行ないし第一三行、第一六頁第一四行ないし第一七頁第三行、第一八頁第一〇行ないし第一九頁第一二行に記載されている。

(3)  本願発明の出願当時、デイジタル伝送方式において採用するスクランブラは、そのセル数を多くすれば符号誤りの生起する確率は減少するというのが当業者の技術常識であつた。このことは、デービツト ジー リーパー「ア ユニバーサル デイジタル データ スクランブラ」ザ ベル システム テクニカル ジヤーナル一九七三年一二月号第一八五一頁ないし第一八六五頁からも明らかである。すなわち、右技術文献には、Fig1として五段構成のスクランブラ(第一八五三頁)、Fig2としてM段(複数段)構成のスクランブラ(第一八五四頁)が示されており、Fig4としてスクランブラの段数(M)と誤り生起率(ε)の関係がグラフで示され(第一八五九頁)、スクランブラのセル数を増せば誤り生起率が減少することが明らかにされている。一方、本願発明の出願から九年後に刊行された「テレシス」第六巻第三号第七頁ないし第一四頁、ベル―ノーザン リーサーチ リミテツド一九七九年六月刊行には、四人の発明者が一セル構成のスクランブラを用いて長年懸案となつていた符号誤りを低減することの技術的課題を初めて解決したとの認識のもとに論文を掲載しており、このことはこれらの発明者が当時の従来技術のみを知つているだけで、本願発明を知悉すべくもなかつたことによるものである。

(4)  以上のとおり、本願発明は、その出願当時の技術常識からは当業者には予測することのできなかつた一セル構成のスクランブラを採用することにより、デイジタル伝送方式における総合的誤り特性を著しく軽減するという顕著な効果を奏するものである。

しかるに、審決が、本願発明の奏する顕著な効果を看過し、第一引用例記載の伝送方式においてスクランブラ手段のフイードバツクシフトレジスタを一セルの構造に変更することにより格別な効果を奏することを期待できないと判断したのは誤りである。

なお、審決は、「請求人(原告)は、本願発明の方式はDCシフトを除くことができるという格別な効果を有している旨主張しているが、そのような効果は第一引用例記載の発明の方式もまた有しているから格別な効果ということはできない。」としているが、原告は、審査、審判手続を通じて、一セル構成のスクランブラの格別な効果として、前記第6図に示すように、伝送誤り上の改善を図ることができ、この点がマルチセル構成のスクランブラより有利であると主張しているもので、両構成の共通の効果であるDCシフトの除去のみを取り上げて、これを本願発明の格別な効果であると主張しているものではない。更に、審決は、本願発明においてスクランブラ手段を一セル構成としたことによる効果を判断する過程で、「伝送路上の符号をなるべく頻繁に変えるためにはシフトレジスタのセル数を少なくする方がよいことは、セル数と語長が比例する旨の第一引用例第三頁左欄第四〇行ないし第四二行の記載からも明らかである」としているが、第一引用例の右記載は、セル数を増やせば増す程エネルギーの分散を計ることができる旨開示し、その結果符号間干渉や漏話の問題が解決されることを示唆しているのであつて、この記載から審決のように判断することは明らかに誤つている。

前叙のように審決が本願発明の奏する顕著な効果を誤つて判断したのは、このように原告の主張を正解せず、また、第一引用例の記載の趣旨を見誤つたことにも基因するのである。

(5)  以上の原告の主張に対し、被告は、本願発明の明細書の記載を援用して、本願発明はDCシフトを除去することを目的とするものである旨主張するが、被告の援用する記載は、別紙図面(一)第2A図ないし第4B図のマルチセル構成のスクランブラにも共通する内容であり、本願発明(別紙図面(一)第5A図、第5B図参照)の一セル構成のスクランブラのみの有する効果を特定するため援用するのに適当な記載ではない。また、別紙図面(一)第6図についても、原告は本願発明が総合的誤り特性の著しい軽減という効果を奏する実験結果として挙示するものであり、これをもつてマルチセル構成のスクランブラと共通の効果であるDCシフトの除去について最も有利であると主張するものではない。

更に、被告が主張するように、本願発明におけるデイジタル伝送方式には限定がなく、本願発明は、多レベルデイジタルデータ伝送方式とバイポーラデイジタルデータ伝送方式をも含むものであることは認める。また、誤り特性の改善については、多レベルデイジタルデータ伝送方式ではDCシフトの除去が主たる問題であり、バイボーラデイジタルデータ伝送方式では遠端漏話の防止が主たる問題であることも認める。しかしながら、バイポーラデイジタルデータ伝送方式ではDCシフトの除去は全く問題にならないが、多レベルデイジタルデータ伝送方式では遠端漏話の防止も問題となるのであり、このことは本願発明の明細書には記載がないが当業者の技術常識である。本願発明は多レベルデイジタルデータ伝送方式に適用することにより、DCシフト、遠端漏話を含むそれ以外のすべての原因に基づく総合的な誤り特性を軽減するものであるから、本願発明はDCシフトによる誤り特性を軽減する発明を含む点をおいて進歩性がないとする被告の主張は失当である。

(二)  次に、第一引用例記載の発明の伝送方式においてマルチセル構成のスクランブラを第二引用例に記載された一セル構成のスクランブラに変更することを単なる設計変更にすぎないとした審決の判断の誤りについて詳述する。

(1) 第一引用例には、マルチセル構成のスクランブラが開示されており、このスクランブラは、デイジタル信号を送信に先だち擬似ランダム化してエネルギーの分散を計ることを企画したものである。すなわち、第一引用例記載の発明は、「送信器において、このようなドツト信号バターンを、チヤンネルスペクトラムの広範囲に信号エネルギーが広がる擬似ランダムバターンに解体することによつてこの問題を解決するもの」(第一頁右欄第五行ないし第九行)であり、そのために用いるスクランブラは、別紙図面(二)第1図に示されているように、必然的に送信端、すなわち伝送チヤンネル30の入力側に接続配置されるものである。そして、そのスクランブラの構成をみると、「シフトレジスタ10は、……第1図に示したように、三個の二進段14、15および16を含んでいる」(第三頁左欄第三一行ないし第三三行)が、「さらに多くの段が、段14と15の間に破線で示されるように用いられることもある」(同欄第三四行、第三五行)ものであり、このようにセルを多段接続したスクランブラを伝送チヤンネルの入力側に配置することにより、符号間干渉を低減し、漏話をなくするという効果を奏するものである。

(2) 一方、第二引用例は、最も簡単な一セルよりなる割算回路(別紙図面(三)図6参照)を開示するものであり、この割算回路は、送信端と受信端間の伝送路に設けられる中継器で生ずべきタイミング誤差によるジツタを除去ないしは軽減するために用いられるものである。このような目的を達成するため、割算回路は、伝送路に所定の間隔で多数配置した中継器の大多数のものに、ジツタ軽減回路として鎖状に接続配置するものであり、これにより、各中継器で生ずべきジツタを除去し、ジツタの蓄積によつて生ずべき信号伝送中の符号検出誤りを低減するという効果を奏するものと解される。

(3) 第二引用例に示される一次の割算回路のように、一つのシフトレジスタと一つの割算器よりなる回路は、一段構成のフイードバツクシフトレジスタと称して、本願発明の出願当時既に周知であつたことは認める。

しかしながら、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明とを対比すると、両発明は、次の点において相違している。

(イ) 目的としては、第一引用例記載の発明は符号間干渉を低減し、漏話をなくするため信号の送信に際し信号エネルギーの分散を計るのに対し、第二引用例記載の発明は各中継器で生すべきジツタを除去するものである。

(ロ) 利用形態としては、第一引用例記載の回路は伝送方式の送信側に一個だけ配置して、送信すべき信号を処理しているのに対し、第二引用例記載の回路は送信端と受信端の間の伝送路にある多数の中継器の各々に設け、多数の回路を鎖状に配置している。

(ハ) 効果としては、第一引用例記載の発明は信号のエネルギー分散を計つて符号誤りを低減することができるのに対し、第二引用例記載の発明はジツタを除去して信号伝送中の符号検出誤りを低減することができる。

したがつて、両発明は解決すべき技術的課題を異にし、接点となるべき共通の局面を何ら備えていない。

しかも、第一引用例は、前述のとおり、セルの「段が多くなると、ランダム化されたより長い語長を持ち、その結果より良いエネルギー分散能力をもつキー(信号)を発生する。」(第三頁左欄第四〇行ないし第四二行)こと、すなわち、セル数を増やせば増す程エネルギーの分散を計ることができる旨開示し、その結果符号間干渉や漏話の問題が解決されることを示唆しているから、かかる教示に従つて技術的課題を解決するため設計変更を行うならば、第一引用例記載の発明におけるスクランブラは一層多段セル構成のスクランブラによつて置換されるべきであり、第二引用例に示されるような一セル構成の回路によつて置換される理由はない。

しかるに、本願発明は、第一引用例の前述のような教示に反し、一セル構成のスクランブラを用いているものである。エネルギー分散を計り符号誤りを少なくするにはスクランブラのセル数を増やさなければならないとする本願発明の出願当時の技術常識からすれば、スクランブラのセル数を少なくするどころか、最悪の事態と考えられていた一セル構成とすることは、とうてい単なる設計変更によつてなしうる程度のものではなく、構成上大きな技術的困難を伴うものである。

(4) 以上のとおり、本願発明の出願当時の技術常識からすれば、第一引用例記載の発明の伝送方式においてマルチセル構成のスクランブラを第二引用例に記載された一セル構成のスクランブラに変更することはとうてい単なる設計変更によつてなしうる程度のことではない。

しかるに、審決が右変更は単なる設計変更にすぎないと判断したのは誤りである。

(5) 以上の原告の主張に対し、被告は、第二引用例記載のジツタ抑圧器としての一セル構成のフイードバツクシフトレジスタ(割算回路)はスクランブラそのものであるから、本願発明との関連性がある旨主張する。

第二引用例に、本願発明の構成要素の一である一セル構成のスクランブラが開示されていることは認める。しかしながら、本願発明は、デイジタル伝送方式における一セル構成のスクランブラによつてもたらされる総合的誤り特性の軽減という格別な効果の認識に基づいて得られたものであるから、本願発明と第二引用例記載の発明との関連性は、第二引用例の教示するところの一セル構成のスクランブラの効果が本願発明を示唆しているか否かの点で論じられるべきところ、第二引用例は、同一の符号パターンが再生中継されることにより同一ジツタが付加されていくというシステマチツクジツタの累積現象をなくすために、中継器毎に符号パターンを変えてしまうこと、すなわちスクランブルすることに向けられており(第二八五頁左欄下から第一行ないし右欄第一五行)、このような目的のためには、最も簡単な一次の割算回路、掛算回路でもよいことを教示している(第二九〇頁右欄7.1項。図6、図7を含む。)。第二引用例に開示されたスクランブル効果の対象は、明らかに本願発明のスクランブル効果の評価の対象とは異なる。第二引用例は、ジツタ蓄積の軽減効果はセルの次数rによらないことがわかつたとしており、本願発明による総合的誤り特性の軽減は一セルが最も有利であるという教示とは対応していないのである。

また、被告は、第一引用例は、DCシフトに原因する符号誤りについては、マーク及びスペースが頻繁に交代するようセル数の少ないスクランブラの方が有利であることを示している旨主張するが、一セル構成のスクランブラでは、連続する1の入力に対し10101……の出力を生じ、このような出力はマークとスペースが頻繁に交互に現われるが、これによりDCシフトに原因する符号誤りの改善上有利となることはありえない。けだし、例えば、三セル構成のスクランブラは、レジスタの初期状態がすべて0の時に連続する1の入力に対し111000111000……の出力を生ずるが、DCシフトの問題は、同じ符号が五つ六つ連続する程度における場合の事柄ではなく、少なくとも数ミリ秒すなわち数千パルスに相当する期間にわたつての1と0の生起回数の偏りによつて生ずる問題であるからである。

第三  被告の主張及び答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由の主張は争う。

審決の判断は正当であつて、審決には原告主張の違法はない。

(一)(1)(A) 本願発明の明細書には、DCシフトが原因で誤りが発生することの記載があるのみであつて、明細書の記載からみて、本願発明は、右以外の誤り特性を軽減する効果を奏するものとはいえない。

すなわち、本願発明の明細書の発明の詳細な説明は、第六頁第一九行ないし第七頁第五行、第七頁第一三行ないし第一五行、第一一頁第一五行ないし第一二頁第七行において、DCシフトが誤りの原因であることを示し、第九頁第二行ないし第八行、第一二頁第七行ないし第一〇行において、本願発明の目的がDCシフトを除去して誤りを減少せしめることにあると述べ、第一三頁第三行ないし第六行、第一五頁第八行ないし第一三行、第二五頁第一行、第二行において、DCシフト除去の手段を明らかにし、誤り改善の効果を述べているのであるから、本願発明はDCシフトを除去するものであるといわざるをえない。

(B) 遠端漏話について、本願発明の明細書の発明の詳細な説明中の第七頁第一六行ないし第八頁第一行、第九頁第九行ないし第一四行、第一九頁第二行ないし第一二行、第二〇頁第一九行ないし第二一頁第八行、第二九頁第五行ないし第九行に記載のあることは認める(もつとも、原告の指摘する箇所のうち、第六頁第八行ないし第七頁第一五行、第八頁第一九行ないし第九頁第八行は、DCシフトに関する記載であり、第一九頁第一三行ないし第二〇頁第一八行、第二一頁第九行ないし第二四頁第五行は、遠端漏話に無関係な記載であるから、原告の指摘は正確ではない。)。

しかしながら、遠端漏話に関する右各記載は、なぜ遠端漏話による誤りが改善されるのか合理的な説明をしていない。すなわち、右各記載の趣旨は、信号に1の生起する確率を長時間平均として〇・五に等しくできれば遠端漏話が減少するというだけであつて、第一引用例記載のマルチセル構成のスクランブラにおいても、1の生起する確率は〇・五であるから、本願発明の一セル構成のスクランブラが遠端漏話による誤りの改善に特に有利であることを明らかにするものではない。

そして、本願発明の別紙図面(一)第6図も遠端漏話による誤りの改善を示すものではない。第6図が遠端漏話による誤りの改善を示すものとすると、第6図ではスクランブラのセル数に応じて誤りが減少しているから、これではセル数に依存しないことを意味する誤り改善の理由、すなわち信号1の生起する確率を〇・五とするという明細書の発明の詳細な説明の記載と矛盾することになる。第6図はDCシフトに原因する誤りの改善を示すものと理解する外なく、このように理解して何ら不合理は生じない。

してみると、本願発明は、DCシフトによる誤り を改善するものと理解するのが妥当である。

(2) 原告は、DCシフト及び遠端漏話による誤りの改善が本願発明の奏する格別な効果なのではなく、総合的誤り特性の軽減が格別な効果である旨主張する。

原告の右主張は、DCシフトに関しては本願発明に進歩性のないこと、すなわち、この点に関する審決の判断が誤りでないことを認めたのに等しい。

そもそも、原告の主張する総合的誤り特性の軽減なるものが何を意味するか明らかではない。原告は伝送誤り上の改善をいう(第二4(一)(4))が、その用語は、送信から受信までの誤りが改善されることを意味するものと解されるから、DCシフト除去と区別できない。また、原告が一セル構成のスクランブラの格別な効果が記述されているものとして援用する本願発明の明細書の発明の詳細な説明の記載(第二4(一)(2))のうち、第一五頁第一行ないし第一三行は、DCシフトについての記載であり、第一六頁第一四行ないし第一七頁第三行は、原告が格別な効果でないと否定したものにすぎず、第一八頁第一〇行ないし第一九頁第一二行は、原告が本願発明により最も改善されたものでないと認めている漏話についての記載である。このように、本願発明の明細書及び図面には、DCシフト以外に誤り 発生の原因が記載されていない以上、発明の目的を複数の原因による誤り特性の軽減を図るということに変更して本願発明を理解すべきであるとすることは、発明の要旨を変更することになるから、許されるべきではない。

(3) 原告は、本願発明の出願当時、デイジタル伝送方式において採用するスクランブラは、そのセル数を多くすれば符号誤りの生起する確率は減少するというのが当業者の技術常識であつたと主張するが、正当でない。

符号誤りの生ずる原因は数多くある。第一引用例記載の発明は、右原因のうち信号エネルギーの集中に原因する符号誤りを改善する発明であり、例えば、「段が多くなると、ランダム化されたより長い語長を持ち、その結果より良いエネルギー分散能力をもつキーを発生する。」(第三頁左欄第四〇行ないし第四二行)という記載は、セル数を多くすればエネルギー集中による符号誤りが改善されるというにすぎず、その他の原因例えばDCシフトに原因する符号誤りについても多段の方がよいといつているわけではない。第一引用例は、DCシフトを原因とする符号誤りについては、むしろセル数の少ない方がよいことを明らかにしている。

また、前掲「ア ユニバーサル デイジタル データ スクランブラ」のFig4に示された「ε」は符号誤りの生起率ではなく、スクランブラの前段に配置されたBSC(binary symmetric memoryless channel)のクロスオーバープロバビリテイ(crossover probability)であり、しかも右技術文献が発行されたのは、本願発明の優先権主張日から三年以上経過した一九七三年末であるから、これをもつて原告主張の技術常識の根拠とすることはできない。まして、前掲「テレシス」の技術文献は、四人の技術者が一セル構成のスクランブラを発明したと認識していることを示す記載すらない。右論文は、DE-3型の改良機種であるDE-4型機の紹介記事であるから、DE-4型機の構成が簡単に記載されているもので、その行文の間に一セル構成のスクランブラが実用化されたことを報告しているにすぎず、その記載内容を原告主張のように理解すべき根拠はない。

(4) 要するに、本願発明は原告主張の総合的誤り特性を著しく軽減するという顕著な効果を奏するものとはいい難い。

原告は、審査、審判手続を通じて、DCシフトの除去が本願発明の格別な効果であるとは主張していないというが、右手続において原告がDCシフトの除去を強調していることは、意見差出書(甲第一六号証)、審判請求理由補充書(甲第一七号証)から明らかであり、むしろ、原告は、審査、審判手続において、総合的誤り特性の軽減が本願発明の格別な効果であるとは一度も主張していなかつたのであるから、審決が原告の主張を正解しないことによつて判断を誤つたという違法はない。

(5) 仮に、本願発明がDCシフトによる誤りの改善のほか、遠端漏話による誤りの改善という効果を奏するものであつても、次に述べる理由により、本願発明は進歩性がないとしなければならない。

本願発明におけるデイジタル伝送方式には限定がなく、本願発明は、多レベルデイジタルデータ伝送方式とバイポーラデイジタルデータ伝送方式をも含むものである。そして、誤り特性の軽減については、多レベルデイジタルデータ伝送方式ではDCシフトの除去が問題となり、バイポーラデイジタルデータ伝送方式では遠端漏話の防止が問題となる。本願発明の明細書の発明の詳細な説明の記載に従えば、本願発明を多レベルデイジタルデータ伝送方式に適用するときは、DCシフトによる誤り特性を軽減する効果を奏するものであるところ、右効果が格別のものでないことは原告も認めたに等しいものであり(前記(2)参照)、その点に進歩性がない以上、本願発明も進歩性がないというべきである。

(二) 次に、第一引用例記載の発明の伝送方式においてマルチセル構成のスクランブラを第二引用例に記載された一セル構成のスクランブラに変更することを単なる設計変更にすぎないとした審決の判断も、正当として維持すべきである。

(1) 第一引用例には、マルチセルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とよりなるスクランブラが開示されており、該レジスタの段数は、任意のものとすることができるものである(第三頁左欄第三一行ないし第三五行)。このようなマルチセル構成のスクランブラは、エネルギーを分散して符号間干渉、漏話を低減する効果を奏する。

(2) 第二引用例では、その「まえがき」から明らかなように、各中継器に伝送路符号変換機能をもたせ、伝送路符号を変換しつつ伝送する方式を採用したジツタ抑圧器について論じられている。この方式におけるジツタ抑圧器は、構造としては、符号変換器の鎖状接続である(第二八五頁右欄第一〇行ないし第一五行)。そして、符号変換器としては線形論理演算回路が用いられ、より具体的には図6の割算回路が用いられている。この割算回路は一セル構成であるから、審決が説示するとおり、第二引用例には一セルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含む符号変換器が開示されていることになる。

(3) 第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明とは結びつきうるものである。

(イ) 第一引用例記載のスクランブラは、符号をランダムに変換することにより信号エネルギーを分散し、符号間干渉、漏話を低減しようというものであるが、その要素である符号変換器として、同様に符号変換する目的で使用される第二引用例記載の符号変換器を置換することは当業者にとつて何ら困難なことではない。

(ロ) 第二引用例記載の符号変換器は一個だけで符号変換の機能を完結するものであつて、多数個の符号変換器を鎖状に接続して始めて符号変換が可能となるというものではない。第二引用例記載の発明において多数の符号変換器を鎖状に接続しているのは、ジツタ抑圧器として機能させる必要からである(なお、審決は、右符号変換器が開示されているとして第二引用例を引用しているのであつて、ジツタ抑圧器が開示されているとして引用しているわけではない。)。

(ハ) 第二引用例記載の符号変換器は符号を変換するという効果において第一引用例記載のスクランブラと異なるところがなく、したがつて(イ)に述べたように置換することができるものである。

およそ、符号変換器のような基本的回路は各種応用分野で使用されており、しかも、本願発明、第一引用例及び第二引用例記載の各発明は、いずれもディジタル符号伝送の技術分野に属しており、少なくとも右各発明はきわめて接近した技術分野に属しているから、使用されている分野がかけはなれているから結びつかないということはない。

(4) 第一引用例記載のスクランブラ、すなわち符号変換器を第二引用例記載の符号変換器に置換することは、当業者にとつて何ら困難なことではない。

第一引用例は、(a)「広帯域、高速のデジタルデータシステムにおいて、マークおよびスペースが交互に繰返すドツト信号パターンは伝送チヤンネルの周波数スペクトラムの特に狭い領域内に信号エネルギーを集中した単一周波となる傾向がある。」(第一頁左欄第三七行ないし右欄第一行)と記載し、(b)「いわゆるドツトあるいは、マークおよびスペースの交互に現れるパターンのような繰返しパターンにおいては、上述の二つのスペクトルを、搬送波周波プラスおよびマイナスドツト周波数の位置に生じる。これらのスペクトルはエネルギーを表わす。」(第二頁右欄第四四行ないし第三頁左欄第二行)と記載して符号誤りの原因を明らかにし、解決手段として符号変換器を用いることを述べ、それを受けて、(c)「段が多くなると、ランダム化されたより長い語長を持ち、その結果より良いエネルギー分散能力をもつキーを発生する。」(第三頁左欄第四〇行ないし第四二行)と記載している。これらの記載の意味は、スクランブラのセル数を増せばエネルギーはよりよく分散され、セル数を少なくすればエネルギーの分散は悪くなり、より集中するということである。エネルギーがより集中するということは、ドツト信号パターンで考えれば、マーク及びスペースが交互に繰返す信号パターンにより近づくという意味である。

審決も説示しているように、DCシフトにより誤りが生じる原因が同種符号が連続するためであること、すなわちマーク又はスペースの連続にあることは周知である。してみれば、第一引用例における前記(c)の記載は、DCシフトに原因する符号誤りについては、むしろ、マーク及びスペースが頻繁に交代するようセル数の少ないスクランブラの方が有利であることを示している、と理解することは当業者にとつて自然である。

右のように第一引用例記載の発明はセル数を少なくすることを否定するものではなく、またセル数を増やさなければならないという技術常識も存在しないのであるから、セル数を決定する条件、例えばDCシフトの許容度、コスト等の条件を考慮して第一引用例記載のスクランブラを第二引用例に記載された一セルの構造に置換することは、当業者にとつて何ら困難なことではない。

そして、セル数を決定するため各条件の妥協点を定めるのが設計であるから、右置換をもつて単なる設計変更にすぎないものとした審決の判断には誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

(一)  前記本願発明の要旨によれば、本願発明は、アナログ信号源と;前記アナログ信号源に接続され、前記信号源からのアナログ信号を所定のデジタルビツトパルス流に変換するデイジタル符号化手段と;入力デイジタルビツトパルス流を伝送前にデイジタル信号に変換する変換手段と;前記デイジタル符号化手段と前記変換手段との間に配置されたスクランブラ手段とを含むデイジタル伝送方式に関するものであるところ、右デイジタル伝送方式には限定がなく、多レベルデイジタルデータ伝達方式とバイポーラデイジタルデータ伝達方式をも含むことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、本願発明は、デイジタル伝送方式の伝送路に生ずる符号誤りの諸種の原因を改善するため、一セル構成のスクランブラを採用することにより、総合的誤り特性を著しく軽減するという顕著な効果を奏するものであり、この効果は、本願発明の出願当時、当業者において予測することのできないものであつた旨主張するので、まずこの点について検討する。

(1)  成立に争いのない甲第二号証の一によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、多レベルデイジタルデータ伝送方式とバイポーラデイジタルデータ伝送方式におけるそれぞれの誤り特性とその軽減について記載されていることが認められる。

すなわち、まず多レベルデイジタルデータ伝送方式については、第六頁第八行ないし第七頁第一五行には、伝送障害は内的に生成された多レベル信号中に望ましくないDCシフトが導入されることによつて発生し、このDCシフトを除去しないと誤り特性の劣化をきたすことが記載され、第九頁第二行ないし第五行には、本願発明によれば、この多レベルデイジタルデータ伝送方式において生起する望ましくないDCシフトが減少されることが記載され、また第九頁第一五行ないし第一二頁第一〇行には、本願発明に従うスクランブラ・デスクランブラ装置を用いる代表的な四レベルパルス流の多レベルデイジタルデータ伝送方式が示された別紙図面(一)第1図の方式について説明した記載があり、更に第一八頁第一〇行ないし第一九頁第一行には、別紙図面(一)第6図は、第1図に示した伝送方式を使用した場合において、本願発明の一セル構成のスクランブラ・デスクランブラ装置が誤り特性の軽減上最もよい効率を与えていることを示すものであることが記載されている。これに対し、バイポーラデイジタルデータ伝送方式については、第七頁第一六行ないし第八頁第一〇行、第一九頁第二行ないし第四行には、ほとんどの右方式における誤り率はシステム間の遠端漏話によつて左右されるものであり、デイジタル信号1の生起する確率を長時間平均として〇・五に等しくすることができるなら、遠端漏話による誤り率を減少させうること、及びこの問題は本願発明に従うスクランブラ回路装置により解決されたことが記載され、次いで第一九頁第二行ないし第二四頁第五行には、別紙図面(一)第5A図及び第5B図の一セル構成のスクランブラ・デスクランブラ装置は遠端漏話を大幅に減少させ、それによつて誤り特性が軽減されること、及び本願発明に従う一セル構成のスクランブラ・デスクランブラ装置を用いたバイポーラデイジタルデータ伝送方式のブロツク図が示された第7図の方式について説明した記載がある。そして、多レベルデイジタルデータ伝送方式とバイポーラデイジタルデータ伝送方式以外のデイジタル伝送方式についての誤り特性及びその軽減については、データ伝送方式を限定しての明示的な記載はない。

(2)  原告は、本願発明は、DCシフト、遠端漏話を含む複数の誤り発生の原因のうち、いずれをどの程度に改善したか明らかではないが、明細書に記載された実験結果(前記第6図参照)が示すように総合的誤り特性の軽減について顕著な効果を奏するものである旨主張する。

そこで、まず、第6図(前掲甲第二号証の一の一部)についてみると、同図は、実験によつて得られた信号対雑音比について、縦軸に誤り個数/秒、横軸にスクランブラのセル数をとり、このセル数と誤り個数の相関関係を示したグラフであつて、一セル構成のスクランブラにおいて誤り個数が最も少ないことが示されている(ただし、成立に争いのない乙第一号証によれば、第6図について、本件審判手続の途中において原告から被告に対し、縦軸の目盛数字の全部に共通して小数点の打ち方の誤りがあつたので訂正したい旨の上申がなされていることが認められるが、仮にそのような誤りかあつたとしても、右の判断そのものに影響するものではない。)。しかしながら、本願発明の明細書の全記載及び図面(前掲甲第二号証の一)を検討しても、第6図がデイジタル伝送方式に本願発明を適用した場合の総合的誤り特性の軽減を示したものと認めることはできず、かえつて、右明細書の発明の詳細な説明には、多レベルデイジタルデータ伝送方式においては、DCシフトを除去しないと誤り特性の劣化をきたす(第六頁第八行ないし第七頁第一五行)が、本願発明の目的はこの望ましくないDC成分を除去することにより誤り特性を軽減することである(第一二頁第七行ないし第一〇行)と記載されているのみで、この方式においてDCシフトの除去以外に誤り特性の発生を決定する原因があることは何らの指摘も示唆も存しないこと、更に第1図は多レベルデイジタルデータ伝送方式を示している(第九頁第一五行ないし第一二頁第一〇行)が、第6図において結果を示した実験で使用した伝送方式は、二〇・二Mbの速度で動作する第1図に示した伝送方式である(第一八頁第一五行ないし第一七行)と記載されていることが認められる。以上によれは、第6図は原告が主張するような総合的誤り特性についてのものではなく、多レベルデイジタルデータ伝送方式におけるDCシフトによる誤り特性についてのものであつて、右伝送方式において一セル構成のスクランブラを用いた場合、DCシフトによる誤り特性の軽減が最もよい効率を与えることを示したものとするのが相当である。

更に、原告は、本願発明における一セル構成のスクランブラの奏する総合的誤り特性の軽減という効果は、明細書の発明の詳細な説明中の(a)第一五頁第一行ないし第一三行、(b)第一六頁第一四行ないし第一七頁第三行、(c)第一八頁第一〇行ないし第一九頁第一二行に記載されている旨主張しているが、前掲甲第二号証の一によれば、(a)は本願発明によりDCシフトを除去するためには、より少ないセル数のフイードバツクシフトレジスタを有するスクランブラを用いる方がより有利で、誤りも減少することが発見されたことに関しての記載であり、(b)は好ましい実施例として示す第5A図及び第5B図の一セル構成のスクランブラについて、この装置は回路の経済性の点で有利で、誤り特性の面でもきわめて有効であると述べているにすぎない記載であり、(c)のうち、第一八頁第一〇行ないし第一九頁第一行は、前述した第6図に関する説明を記載したものであり、第一九頁第二行ないし第一二行は、バイポーラデイジタルデータ伝送方式において遠端漏話が誤り特性の発生を決定する原因であり、本願発明はこの方式における遠端漏話を大幅に減少させることによつて誤り特性を軽減するものであることを記載したものであり、これらの記載をもつて原告主張のように総合的誤り特性の軽減という効果を記載したものとすることはできない。そして、右明細書には、ほかに原告主張の総合的誤り特性の軽減という効果を明らかにしたものと認められる記載はない(第八頁第一九行ないし第九頁第一行には、「従つて本発明の主たる目的はデイジタル・データ伝送方式の誤り特性を改善することにある。」と記載されているが、その文の前後関係からみると、該記載は、結局、多レベルデイジタルデータ伝送方式におけるDCシフトによる誤り特性、バイポーラデイジタルデータ伝送方式における遠端漏話による誤り特性を軽減することが本願発明の主たる目的であることを記載しているにすぎない。)。

一方、前掲甲第二号証の一によれば、バイポーラデイジタルデータ伝送方式については、実験結果を示す資料もなく、その根拠が明確に説明されているとはいえないものの、前記明細書の発明の詳細な説明によれば、前述のとおり、本願発明に従うバイポーラデイジタルデータ伝送方式は、一セル構成のスクランブラを採用することにより遠端漏話を減少させうるものと認められる(もつとも、その減少の程度が後述のマルチセル構成のスクランブラを用いる第一引用例記載の発明のそれに比してどうであるかを具体的に示す資料は見出せない。)。

以上によれば、本願発明は、明細書の発明の詳細な説明及び図面を斟酌すると、多レベルデイジタルデータ伝送方式及びバイポーラデイジタルデータ伝送方式について、前者における誤り特性を決定するDCシフトを軽減するという効果を奏するものであり、また、後者における誤り特性を決定する遠端漏話を減少させるという効果を奏するものであるが、原告の主張するような複数の誤り特性の発生に関する総合的な誤り特性の軽減については記載も示唆もされていないことが明らかである。

(3)  原告は、本願発明の出願当時、デイジタル伝送方式において採用するスクランブラは、セル数を多くすれば、符号誤りの生起する確率は減少するというのが当業者の技術常識であつた旨主張し、本願発明の効果は当業者の予測することができないものであつたという。

原告のいう本願発明の効果とは総合的誤り特性の軽減を指称するものであるところ、そのような効果を肯認することはできないが、多レベルデイジタルデータ伝送方式においては、その誤り特性を決定する原因であるDCシフトを改善するという効果を奏するものであることは、前記(2)で説示したとおりであるから、以下には、多レベルデイジタルデータ伝送方式におけるDCシフトの改善に関する範囲で当業者の予測可能性の成否を審究することとする。

(A) まず、第一引用例からもスクランブラのセル数の少ない方がDCシフトの改善の面で有利であることが理解され、この点は本願発明の出願当時一般に認識されていたところであるとみるのが相当であるので、この点を説明する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載の発明は、「電気的通信システムにおける繰返し型あるいは連続デジタルデータ信号パターンのランダム化に関するもの」(第一頁左欄第三四行ないし第三六行)であつて、第一引用例には、「広帯域、高速のデジタルデータシステムにおいて、マークおよびスペースが交互に繰返すドツト信号パターンは伝送チヤンネルの周波数スペクトラムの特に狭い領域内に信号エネルギーを集中した単一周波となる傾向がある。このようなエネルギーの集中は、多重方式においては、望まれない変調効果を生じる過負荷のために、干渉の問題と共に、重大な漏話を引き起す可能性がある。本発明は、送信器において、このようなドツト信号パターンを、チヤンネルスペクトラムの広範囲に信号エネルギーが広がる擬似ランダムパターンに解体することによつてこの問題を解決するものである。」(同欄第三七行ないし同頁右欄第九行)、「さらに、本発明は、伝送チヤンネルの送信端における繰返し信号のための拡散装置と、受信端における集束装置を、予め構成したキーあるいはフレーム信号を必要としないで対応ずけを行うものである。」(同欄第一三行ないし第一七行)、「本発明にかかる原理にしたがえば、拡散装置は、電文入力が連続的な非電送状態、すなわち、”すべて0”あるいは逆に”すべて1”の場合にも伝送線路に擬似ランダム信号を発生する。」(第二頁左欄第四一行ないし第四五行)、「いわゆるドツトあるいは、マークおよびスペースの交互に現われるパターンのような繰返しパターンにおいては、上述の二つのスペクトルを、搬送波周波プラスおよびマイナスドツト周波数の位置に生じる。これらのスペクトルはエネルギーを表わす。」(同頁右欄第四四行ないし第三頁左欄第二行)、「データパターンの解体すなわち拡散は、半加算器すなわち排他的論理和回路を、データ源11と伝送チヤンネル30の間に挿入することによつて行われる。排他的論理和回路12は、データ源11よりのデータ列に擬似ランダムキー信号を付加する。このキー信号は、排他的論理和回路12の出力をシフトレジスタ10で遅延させ、排他的論理和回路13でキー信号を形成するよう遅延された二つの二進信号要素をモジユロ2の和をとることによつて作られる。シフトレジスタ10は、説明を簡単にするために、第1図に示したように、三個の二進段14、15および16を含んでいる。さらに多くの段が、段14と15の間に破線で示されたように用いられることもある。」(同欄第二一行ないし第三五行)、「段が多くなると、ランダム化されたより長い語長を持ち、その結果より良いエネルギー分散能力をもつキーを発生する。」(同欄第四〇行ないし第四二行)との記載があり、これらの記載は、直接的には、「デイジタル伝送方式において、マーク及びスペースが交互に繰返えすドツト信号パターンは、伝送チヤンネルの周波数スペクトラムの特に狭い領域に信号エネルギーを集中した単一周波となる傾向があり、右信号エネルギーの集中は符号間干渉と漏話を生じさせる可能性があるところ、これを防止するためには、マルチセル構成のスクランブラ(第一引用例にいう「拡散装置」)により、このドツト信号パターンをランダム化し、周波数スペクトラムの広範囲に信号エネルギーが広がる擬似ランダムパターンに解体するようにすればよく、スクランブラを構成するシフトレジスタのセル数を多くするほど信号エネルギー分散能力がよりよくなる。」という技術思想を開示したものと認められるが、同時に、右記載は、逆にいえば、「セル数を少なくするほど信号エネルギー分散能力が悪くなり、より集中することになり、ドツト信号パターンでいえば、マーク及びスペースが交互に繰返す信号パターンにより近づくことになる。」ということが含意されているものと理解される。

ところで、伝送路においては、信号エネルギー集中による漏話等を原因とするもののほかに、DCシフトを原因とする符号誤りもあるところ、成立に争いのない甲第五号証(前掲「PCM通信の基礎と新技術」、特に同文献第七一頁第一八行ないし第二一行)によれば、伝送路に直流遮断特性を有するデイジタル伝送方式においては 同種符号(例えば1)が連続すると、波形に特に大きなひずみを生じ、いわゆるDCシフトによる符号誤りを生じるが、右連続符号をマーク及びスペースが交互に繰返えすようにすれば、その信号パターンからみて直流遮断特性の影響を受けにくくし、前記波形のひずみ、DCシフトによる符号誤りを減少するものであること、このことは本願発明の出願当時周知の技術であつたことが認められるから、第一引用例(その記載から前述のとおり、スクランブラのセル数が少ないほどドツト信号パターンがマーク及びスペースを交互に繰返すパターンにより近づくということが含意されていると理解される。)は、伝送路に直流遮断特性があるような場合には、マーク及びスペースが頻繁に交代するようセル数を少なくした方がDCシフトによる誤り発生の面からみれば有利であるということを開示しているものとみるべきであり、またそのように理解することが当業者にとつて自然であるといわなければならない。

したがつて、少なくともDCシフトによる誤り発生に関する限り、本願発明の出願当時スクランブラのセル数を多くすれば符号誤りの生起する確率は減少するというのが当業者の技術常識であつた旨の原告の主張は採用することができない。

(B) 原告は右主張を裏付けるものとして甲第一二、第一三号証を援用する。しかし、成立に争いのない甲第一二号証(前掲「テレシス」)は、 一セル構成のスクランブラか実用化されたことを報告しているにすぎず、当該四人の技術者が一セル構成のスクランブラを発明したと認識していることを示す記述は見出せないから、同号証をもつて当該技術者らが当該論文の刊行当時(本願発明の出願から九年後)、本願発明を知悉すべくもなかつたと認める資料とすることはできない。また成立に争いのない甲第一三号証(前掲「ア ユニバーサル デイジタル データ スクランブラ」)のFig4について、原告はそれが符号誤りの生起率を示すものである旨主張するが、該図面及びそれに関連する記述自体でそのような意味内容を示すものであるとはいい難いのみならず、該技術文献の発行されたのは本願発明の出願時より三年以上経過した一九七三年一二月であるから、これをもつて、本願発明の出願当時スクランブラのセル数を多くすれば符号誤りの生起する確率は減少するというので当業者の技術常識であつたとする原告の主張の根拠とするのは適当でないというべきである。

以上説示したところ、特に(A)によれは、本願発明の出願当時、当業者は、第一引用例に基づきDCシフトに原因する誤り発生についてはスクランブラのセル数を最も少なくしたもの、すなわち、 一セル構成にすることにより誤り発生が最も軽減すると理解することができたというべきである。そして、連続する符号1が一セル構成のスクランブラにより、これをマーク及びスペースが交互に繰返す信号パターンに変換できることは原理上当然のことで、技術常識に属するところであり、かつ、右のようにマーク及びスペースが交互に繰返す信号パターンにすれば、その信号パターンからみて直流遮断特性の影響を最も受けにくくなり、それに応じてDCシフトによる符号誤りの発生を減少せしめることになること前述のとおりであるから、スクランブラのセル数を一段とすることによりDCシフトに原因する誤り発生を著しく減少させることは、本願発明の出願当時当業者に当然予測されていたものとするのが相当である。

(4)  以上の事実によれば、本願発明は、多レベルデイジタルデータ伝送方式においてはその誤り特性を決定する原因であるDCシフトを改善するという効果を奏するものであるところ、このような効果は、一セル構成のスクランブラを採用することにより通常予測される範囲を出ないものというべきであるから、審決が、第一引用例記載の伝送方式においてスクランブラ手段のフイードバツクシフトレジスタを一セルの構造に変更することにより格別な効果が期待できないと判断したことに誤りはない。

なお、原告は、審査、審判手続を通じて、 一セル構成のスクランブラの格別な効果として前記第6図に示すように伝送誤り上の改善がマルチセル構成のスクランブラより有利であると主張していたもので、DCシフトの除去が本願発明の格別な効果であると主張していない旨主張するが、成立に争いのない甲第一六号証及び第一七号証によれば、原告が審査手続において提出した意見書差出書、審判手続において提出した審判請求理由補充書には、本願発明の方式が第6図に示すように伝送誤り上の改善においてマルチセル構成のスクランブラより有利である旨記載されているが、伝送誤り上の改善の具体的内容としてDCシフトの除去を挙げているにすぎないことが認められるから、審決がこの主張をDCシフトを除くことができるという格別な効果を有する旨の主張と理解したことに誤りはなく、またそのような効果は格別な効果ということはできないとした判断に誤りがないことは前述のとおりである。

更に、原告は、審決が「伝送路上の符号をなるべく頻繁に変えるためにはシフトレジスタのセル数を少なくする方がよいことは、セル数と語長が比例する旨の第一引用例第三頁左欄第四〇行ないし第四二行の記載からも明らかである」と判断したことの誤りを主張するが、第一引用例の審決指摘の記載から直ちに審決のように判断することができるかは問題がないとはいえないが、前記(3)(A)のとおり、第一引用例は、DCシフトに原因する誤りの発生を減少させるについてはスクランブラのセル数が少ない方が有利である、すなわち誤り発生が減少することを開示しているものと理解できるから、第一引用例記載の発明及び前記周知技術に基づき本願発明の奏する効果は格別なものとすることはできないとした審決の判断には誤りがあるとはいえない。

(二)  次に、原告は、マルチ構成のスクランブラを第二引用例記載の発明に示された一セル構成の回路に置換することは本願発明の出願当時の当業者の技術常識に反することで当業者が容易にないえることではない旨主張するので、この点について検討する(ここでも、DCシフトを原因とする符号誤りの改善を目的とする技術手段としての本願発明について、その構成の困難性の有無を検討する。)。

(1)  第一引用例には、直接的には、デイジタル伝送方式において、周波数スペクトラムの狭い領域に信号エネルギーが集中し、符号間干渉と漏話が生するのを防止するためには、マルチセル構成のスクランブラにより、ドツト信号パターンをランダム化し、広範囲に信号エネルギーが広がるようにすればよいことが開示されているが、同時に第一引用例の記載から、データ伝送路における符号誤りの発生のもう一つの原因となるDCシフトの改善の面からみると、セル数が少ない方が有利であると理解できることは、前述のとおりである(前記(一)(3)(A)参照)。

(2)  成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例は「伝送路符号変換によるシステムチツクジツタの蓄積の軽減」と題する技術論文であつて、それには、一セルからなるフイードバツクシフトレジスタと該レジスタの帰還路中に設けられたモジユロ2加算器とを含む符号変換器が開示されていることは、当事者間に争いがない。

そして、前掲甲第四号証によれば、右符号変換器は、多数の中継器を備えたPCM伝送(技術的にデイジタルデータ伝送と同義である。)系におけるシステマチツクジツタ(符号間干渉、振幅・位相変換効果、パルス幅効果などの符号パターンに起因するパターンジツタに、各中継器が同一の符号パターンを再生中継することにより同一ジツタが付加される。)の蓄積を軽減するために、各中継器毎に設けられたものであるが、それ自体は、伝送符号パターンを他の符号パターンに変換する機能を有することが認められるから、第一引用例記載のスクランブラの機能と異なるところがなく、右符号変換器は第一引用例記載の発明におけるスクランブラに相当するというべきである。

(3)  ところで、第一引用例によれば、DCシフトに原因する符号誤りの発生の減少についてはスクランブラのセル数が少ない方が有利であること、また一段のセルの場合にDCシフトの影響を最も受けにくくなると理解されることは、前記(一)(3)(A)の項で検討したとおりであるから、スクランブラを備えた第一引用例記載のデイジタル伝送方式において伝送路が直流遮断特性を有するような場合に、DCシフトに原因する符号誤りの発生を減少させるために、スクランブラとして、第二引用例に示されて公知の一セル構成のスクランブラを用いることに格別の困難はなく、置換は容易であるというべきである。

原告は、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明とは解決すべき技術的課題を異にし、前者のマルチセル構成のスクランブラを後者の一セル構成の回路に置換することはできない旨主張する。

しかしながら、第二引用例記載の発明は、前記符号変換器を設けて各中継器毎に符号を変換して全体としてシステマチツクジツタの蓄積を軽減しようとするものであつて、改善すべき誤りの発生の原因は異なるとはいえ、第一引用例に記載されたスクランブラと同様に、デイジタル伝送方式における誤りの発生を減少させるための符号変換器である点において何ら異なるところがなく、また両発明はディジタル伝送方式における伝送路に生ずる誤りの改善を問題とした点において共通するものであるから、ほぼ同一の技術分野に属するものということができ、原告主張の理由により置換が困難とすることはできない。

また、原告は、第一引用例はセル数を増やせば増す程エネルギーの分散を計ることができる旨開示し、その結果符号間干渉や漏話の問題が解決されることを示唆しているから、かかる教示に従つて当該技術的課題を解決するため設計変更を行うならば、第一引用例記載の発明におけるスクランブラは一層多段構成のスクランブラによつて置換されるべきことになると主張するが、第一引用例はDCシフトに原因する誤りの発生の減少については、スクランブラのセル数が少ない方が有利であると理解されることは前述のとおりであるから、原告の主張はその前提において失当であり、採用することができない。

なお、原告は、DCシフトに原因する符号誤りについては、スクランブラのセル数が一段であるか、数段であるかによる差ではなく、少なくとも数千パルスに相当する期間にわたつての1と0の生起回数の偏りによつて生ずる問題であると主張するが、(一)(2)の項で検討したとおり、DCシフトに原因する誤り特性についてのものと認められる別紙図面(一)第6図にみられるように、セル数により誤りの発生に差があることは明らかであるから、原告の右主張も理由がない。

(4)  以上の事実によれは、第一引用例記載のディジタル伝送方式においてマルチセル構成のスクランブラを第二引用例に記載された一セルの構造に置換することは当業者にとつて容易になしうるものというべきであり、この置換は単なる設計変更にすぎないものと認められるとした審決の判断に誤りはない。

(四)  以上のとおりであつて、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点(3)についての審決の判断には誤りがなく、本願発明は当技術分野において通常の知識を有する者が第一引用例、第二引用例記載の各発明及び周知の発明に基づいて容易に発明することができたものとした審決の判断は正当であつて、審決には原告主張の違法は存しない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山嚴 裁判官 竹田稔 裁判官 濵崎浩一)

別紙

(一)

<省略>

<省略>

(二)

<省略>

(三)

<省略>

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